東京地方裁判所 昭和32年(ワ)7349号 判決 1958年12月24日
原告 五十畑昌吉
被告 島田株式会社 外一名
主文
被告等は、原告に対し合同して、金四十三万五千円及びこれに対する昭和三十二年六月九日から完済にいたるまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は、被告等の連帯負担とする。
この判決は、原告において被告等に対し各金十五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、被告島田株式会社(以下被告島田という。)は、昭和三十二年三月十日づけで被告日本化工紡織株式会社(以下被告日本化工という。)に宛てて、金額四十三万五千円、満期昭和三十二年六月八日、支払地並びに振出地東京都中央区、支払場所株式会社滋賀銀行東京支店と定めた約束手形一通を振り出した。
二、原告は、その受取人である被告日本化工のなした支払拒絶証書作成義務免除並びに、白地式裏書のある右手形を訴外福地儀三郎から交付を受け、その所持人となつたものである。
三、原告は右手形を満期に支払のため、支払場所に呈示したが支払を拒絶された。
四、よつて、原告は振出人である被告島田、裏書人である被告日本化工に対し、本件手形金四十三万五千円及びこれに対する満期の翌日である昭和三十二年六月九日から完済まで手形法所定の年六分の割合による法定利息の支払を求める。
被告島田の抗弁に対し、被告島田の代表取締役沢田米三が被告日本化工の取締役を兼ねていた事実は知らない。仮にそのような事実があつたとしても商法第二百六十五条は本件の場合に適用せられるべきものではない。
又被告島田において本件手形により金融を受けていないことは知らない。仮にそうだとしても原告は善意の手形取得者であるから、被告島田は本件手形金の支払義務があると述べ、
又被告日本化工の抗弁に対しては、被告主張の事実は知らないと述べ更に原告は、被告日本化工の白地式裏書のある本件手形を訴外福地儀三郎より同人に対する貸金の支払方法として交付譲渡を受けてこれを取得したものであると述べた。
被告島田訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として原告の主張事実は全部認めると述べ、
抗弁として、本件手形を振出した被告島田の代表取締役沢田米三は、名宛人の被告日本化工の取締役を兼任していた。然るに本件手形は、商法第二百六十五条に基く取締役会の承認を受けずに振り出したものであるから無効である。
仮に有効であるとしても、本件手形は金融のために振り出したもので、何等取引関係上のものではなく、貸借関係のものでもない。
しかも原告はこの事情を知悉していたのである。従つて被告島田には本件手形金の支払義務はない。
被告日本化工訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の事実中、原告が被告日本化工名義で支払拒絶証書作成義務免除並びに白地式裏書のなされている本件手形を訴外福地儀三郎から交付を受けて所持していること並びに本件手形が満期にその支払場所に呈示されたが、その支払が拒絶されたことは認めるが、その余の事実はこれを否認する。本件手形における被告日本化工の裏書は偽造であるから、被告日本化工は原告に対し、本件手形金支払の義務はない。
即ち、被告日本化工は昭和三十年四月頃経営状態が悪化し、債権者たる被告島田や取引銀行たる訴外埼玉銀行と善後策を協議したが、その際、被告日本化工の代表者中村直幸が病気のため、会社を代表してその業務執行することが不可能な状態にあつたため、埼玉銀行の要請により爾後被告日本化工の手形振出、裏書については、その都度被告島田の代表者たる沢田米三の了解を得てこれをなすこととし、被告日本化工の記名印並びに代表取締役の印鑑を右沢田米三の保管に託したのである。
斯くして、被告日本化工は、社員内田秀夫を被告島田の東京支店前に所在する事務所に駐在せしめ、前記約旨に従い、手形の振出、裏書をするに当つては、その都度手形を右沢田米三に示して、印鑑の押捺を受けこれが発行をなして来たのである。
しかるに、沢田米三は被告日本化工の前記各印鑑を保管していることを奇貨として、本件手形に被告日本化工名義の裏書を偽造し、これを原告に譲渡したものであると述べた。
証拠として、
原告訴訟代理人は、甲第一号証の一、二同第二号証を提出し、証人福地儀三郎、同日置三男、同鈴木嬉年の各証言を援用し、乙第一号証はその成立を認めると述べ、
被告島田訴訟代理人は乙第一号証を提出し、証人宮川俊男の証言を援用し、甲号各証はすべてその成立を認めると述べ、
被告日本化工訴訟代理人は、証人内田秀夫の証言及び被告日本化工代表者中村直幸の尋問の結果を援用し、甲第一号証の一の表面の成立は知らない、裏面については第一裏書の成立を否認する、但し被告日本化工の会社印、記名印並びにその名下の印の成立を認め、他は知らない、同第一号証の二の成立は認める、同第三号証の成立は知らないと述べた。
理由
按ずるに、原告主張の事実は、全部原告と被告島田との間において争がなく、又被告日本化工との間においても、原告が、被告日本化工名義で支払拒絶証書作成義務免除並びに白地式裏書のある被告島田振出名義の原告主張の本件手形につき、訴外福地儀三郎からその交付を受けてこれを所持していること並びに原告が本件手形をその満期にその支払場所に呈示したが、その手形金の支払を拒絶されたことは当事者間に争がない。
而して真正に成立したものと推定すべき乙第一号証(被告島田と原告との間においては成立に争がない。)の記載、証人内田秀夫、同福地儀三郎の各証言、被告日本化工代表者中村直幸の本人尋問の結果と甲第一号証の一(被告日本化工においては同号証裏面の第一裏書欄中被告日本化工の会社印、記名印並びにその名下の印の成立につき争がなく、又被告島田においてはその全部の成立に争がない。)の存在並びに前記当事者間に争のない本件手形における被告日本化工名義の裏書が白地式でなされている事実を綜合して考察すれば、被告日本化工は被告島田東京店から原料たる麻糸を購入していたが、代表取締役中村直幸が昭和二十八年頃から病気で入院したため、自ら病床で会社の業務を決済して来たこと、その間昭和三十年三月頃までの間に自ら決済した手形の中に取引代金支払のためのものでないいわゆる融通手形が含まれていたことが取引銀行である株式会社埼玉銀行蕨支店の知るところとなつたことからこれを調査した結果、右融通手形の合計額が金二千三百万円位(被告島田の融通を受けた分は金一千四百万円位、被告日本化工の分は金九百万円位)に達していることが判り、被告島田東京店、被告日本化工並びに埼玉銀行の三者が協議した結果、手形を書き換えつつ長期に旦つてこれを決済する協定ができたこと、その処理に関しては、被告日本化工の代表者中村直幸が病気で執務できないため、被告島田の常務取締役で東京店の代表者である訴外沢田米三に被告日本化工の取締役を兼任させ、同人に対し被告日本化工の会社印、代表取締役の記名印並びに代表取締役の印等を預け、同人をして前記代表者中村直幸に代り被告日本化工のため一切の手形振出、裏書等の手形行為をする代理権を与え、又経理担当社員内田秀夫を被告島田東京店に駐在させてその補助をさせ、右沢田米三をしてその決済をさせることにしたこと、かくしてこれらの約定に基き右沢田米三は被告日本化工の取引上の手形振出を決済した外、前記融通手形に関する旧債処理のため、常務取締役代表者として被告島田東京店名義で約束手形を振り出し、且つ前記代表者中村直幸を代理して被告日本化工代表者中村直幸名義で右手形に裏書をなした上、これを埼玉銀行蕨支店へ差し入れて来たこと、その間にこれと同様にして、被告島田東京店に金融を得るため、原告主張の本件手形(甲第一号証の一)を振り出して、被告日本化工名義の白地式裏書をなした上、これを他に交付したものが訴外福地儀三郎等の手を経て原告に交付譲渡された結果、原告がその所持人となつたものであることが認められる。証人宮川俊男の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠と対照して措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実に徴すれば、本件手形(甲第一号証の一)は訴外沢田米三が被告島田東京店に金融を得るため、その代表者として被告日本化工に宛ててこれを振り出し、その受取人である被告日本化工が代表者中村直幸から与えられた代理権に基いてこれを取得し、更に、手形金の支払を保証する趣旨で、右代理権(仮に被告日本化工の代表者中村直幸が前記沢田米三に対し前記旧債処理に関してのみ手形行為の代理をさせたとしても、右沢田米三は前記認定の事実からすれば、商法第四十三条にいう「番頭」か少くとも「営業に関する或種類又は特定の事項の委任を受けた使用人」に該当するものと解せられるから、右沢田米三に対し前記旧債処理のみに限つた手形行為の代理権の制限は、善意の第三者に対抗し得ないものというべく、原告が右の事実につき悪意であつたとの証拠のない本件においては、右代理権の制限をもつて原告に対抗し得ないものというべきである。)に基き前記沢田米三が代表者中村直幸を代理して右代表者名義で白地式裏書をなした上、自己又は被告島田東京店に交付を受けたものであつて、被告日本化工主張の如く、右裏書部分が前記沢田米三の偽造したものではないと認めるのが相当である。
(一) よつて商法第二百六十五条違反の抗弁について按ずるに、
右認定の事実に従えば、前記沢田米三は被告島田の代表者として本件手形を振り出して被告日本化工の代理人としてこれを受け取り、且つ、裏書をして再び自己又は被告島田東京店に交付譲渡したことになり、形の上では商法第二百六十五条所定の場合に該当するものであつて、記録上、被告島田並びに被告日本化工の各取締役会が本件手形の振出並びに裏書についてその個別的承認を与えたことを認めしめるに足りる証拠はないけれども、元来右規定は会社と取締役の利害の衝突を生ずべき取引につき、取締役が会社の損害において私利を営むことを防止することを目的とするものであるところ、手形行為は単なる取引の手段であつてそれ自体利害の衝突を来すべき行為ではないから同法条にいう「取引」のうちには手形行為は含まれないものと解するを相当とする。同様の意味において手形行為には亦双方代理に関する民法第百八条の規定の適用をも排除されるものと解せられる。(但し、その原因関係については会社と取締役、本人と代理人との利害が相反するときは、これらの規定の適用を受けるものと解すべく、この場合においては、悪意の手形所持人に対してはこれらの事由をもつて人的抗弁をもつて対抗し、その手形金の支払を拒絶し得るものと解せられるのであるが、本件においては、所持人たる原告において、本件手形の振出並びに裏書につき、本人たる被告島田並びに被告日本化工と両会社の取締役であり且つ、被告日本化工代表者の代理人であつた訴外沢田米三との間にそれぞれ利害相反すべき事情を知つていたとの証拠はない。)従つて本件については商法第二百六十五条並びに民法第百八条の適用はない。
右説示のとおりであるから、本件手形の振出並びに裏書はいずれも適用である。従つてこの点に関する抗弁は理由がない。
(二) 更に被告島田の悪意の抗弁につき按ずるに、本件手形が被告島田東京店に金融を得るために振り出されたものと認むべきことは既に説示したとおりであるが、被告島田において未だその金融を受けていないため、同被告に返還されるべき手形であることを原告において知りながらこれを取得したとの事実を認めるに足りる証拠はないから、右抗弁も亦採用し難い。
然らば被告島田は振出人として、被告日本化工は裏書人として、いずれも各自所持人たる原告に対し、本件手形金四十三万五千円及びこれに対する満期の翌日たる昭和三十二年六月九日から支払済みに至るまで手形法所定の年六分の割合による法定利息の支払をなすべき義務あるものといわなければならない。
よつて原告の本訴請求を正当として認容すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 野本泰)